
県東部の出雲地方は、古代日本において最も発達した地域の一つでありました。
特に弥生時代においては、大量の青銅器が出土した荒神谷遺跡や加茂岩倉遺跡や、大型の
四隅突出型墳丘墓があり早期に鉄器を所持しているなど、特徴的でかつ先進的な文化が山陰一帯に存在し、
その中心的勢力が島根東部から鳥取県西部にかけて存在しました。
三角縁神獣鏡も出土しています。また神話にその創建が語られている出雲大社は、
代々出雲国造家がその祭祀を司り現在に至っています。
奈良時代にある日本書紀・古事記・風土記に、出雲を舞台としたスサノオや大国主の神話が語られるなど、
朝廷においてもその存在は大きなものでした。
隠岐は昔から流刑の地とされ、鎌倉期の後鳥羽上皇や後醍醐天皇など多くの貴人が流されたが、
これにより京文化が伝播して隠岐独自の文化が生まれ、また明治維新期の隠岐騒動にも結びついたと言われています。